済々
さいさい
名詞
標準
文例 · 用例
その当時の玄洋社員は筆者の覚束ない又聞きの記憶によると頭山満が大将株で奈良原到、進藤喜平太、大原|義剛、月成勲、宮川太一郎なぞいう多士済々たるものがあったが、この風聞に就いて種々凝議した結果、とにも角にも頭山と奈良原に行って様子を見てもらおうではないかという事になった。
— 夢野久作 『近世快人伝』 青空文庫
純文界にも、批評界にも、或は時事界にも、済々たる名士羅列するを見る。
— 北村透谷 『明治文学管見』 青空文庫
当時文壇は全く旧作家に飽いて新作家を迎うるに鋭意していたから、多士済々たる硯友社は忽ち章魚の足のように八方に勢力を伸ばし、新聞社に雑誌社に出版人にそれぞれ多少の関係を附けざるはなかった。
— ――尾崎紅葉―― 『硯友社の勃興と道程』 青空文庫
即ち一方の旗頭たる者は、済々として多士ではございますが、将帥の器を備えている者は、全然皆無なのでございます。
— 国枝史郎 『正雪の遺書』 青空文庫
されど多士|済々たる日本文壇、未この人が等身の著述に一言の紹介すら加へたるもの無し。
— ―寿陵余子の仮名のもとに筆を執れる戯文― 『骨董羹』 青空文庫
智者弁者多士済々たる進歩党、真に堂々と反対の意思を表明し得るものは誰であるか。
— 木下尚江 『政治の破産者・田中正造』 青空文庫
宇都宮弥三郎頼綱が家の子郎党を従えて、済々として武蔵国を通ると、熊谷の入道直実に行き会うた。
— 中里介山 『法然行伝』 青空文庫
それを聞いて家の子郎党達が馳せ集まったので、弟子達軍兵済々として前後をかこみ、その数一千人余り、各々涙を流し悲しみを含んで輿を守護して行った。
— 中里介山 『法然行伝』 青空文庫