元暦
げんりゃく
名詞
標準
Genryaku era (1184.4.16-1185.8.14)
文例 · 用例
一 斉衡元暦の地震、安元の火事 日本の地震で最初に文献にあらわれているのは、「日本書紀」の允恭天皇の五年七月、河内国の地震で、次が推古天皇の七年四月の大和国の地震である。
— 田中貢太郎 『日本天変地異記』 青空文庫
そのうちで上代の地震は、後鳥羽天皇の元暦文治のころにかけて三百七八十回の地震の記録があるが、その十分の九は山城地方、わけて京都がそれを占有している。
— 田中貢太郎 『日本天変地異記』 青空文庫
藤原氏の手から政権を収めていた平氏が破れて、源氏が鎌倉に拠ると、元暦元年十月を初発として鎌倉に地震が頻発した。
— 田中貢太郎 『日本天変地異記』 青空文庫
』また元暦二年のころ、おほなゐふること侍りき。
— 鴨長明 『方丈記』 青空文庫
その次に見たのは「改良剣舞」、女ばかりで、剣舞の真似と、芝居の真似とをするものであるが、これは、大変、気に入って頃は元暦元年の どんどん源平、須磨の、戦いに いつか、放送局で、この節をやったが、私も中々上手である。
— 直木三十五 『死までを語る』 青空文庫
是、寿永元暦の革命が、漸くに其光茫を現さむとするを徴するものにあらずや。
— 芥川龍之介 『木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)』 青空文庫
寿永元暦の革命は、彼によつて其導火線を点ぜられたり。
— 芥川龍之介 『木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)』 青空文庫
平氏は、福原の遷都を、掉尾の飛躍として、治承より養和に、養和より寿永に、寿永より元暦に、天暦より文治に、円石を万仞の峰頭より転ずるが如く、刻々亡滅の深淵に向つて走りたりき。
— 芥川龍之介 『木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)』 青空文庫
作例 · 標準
元暦二年に起きた壇ノ浦の戦いによって、平氏一門はついに滅亡の時を迎えた。
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この古い写本には、元暦という年号が記されており、当時の世相を伺い知ることができる。
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元暦は平安時代最後の年号であり、次代の文治からは鎌倉時代の幕開けとなる。
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ウィキペディア
元暦(げんりゃく、 は、日本の元号の一つ。寿永の後、文治の前。1184年から1185年までの期間を指す。この時代の天皇は後鳥羽天皇。
出典: 元暦 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0