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詒譲

いじょう
名詞
1
標準
文例 · 用例
畢の諸子平議は時に鑿説と思はるゝのもあるが、是亦少からぬ發明をして居り、孫詒讓が間話を撰するに至つて、衆説を※會し、精力を傾倒して、おほよそは後學をして、此の滿目棒蕪の古典を窺知するを得せしめたのである。
幸田露伴 墨子 青空文庫
支那人の間に、宦官全廢論の起つたのは、恐らく二十餘年前に、孫詒讓等の創唱以來のことであらう。
桑原隲藏 支那の宦官 青空文庫
その孫詒讓の論據は、世界の列強は宦官を置かず、宦官を存するのは、トルコの如き弱國に限るといふにあつたと記憶する。
桑原隲藏 支那の宦官 青空文庫
それから南宋の薛尚功の鐘鼎款識にも出て居りまして、これに關する研究は、近代になりましてから孫詒讓が古籀拾遺でやつたのが最も精確とされております。
内藤湖南 支那歴史的思想の起源 青空文庫
尤もこの九筮の名は周禮に出て居るので、周禮の鄭注には九の一々を其字義によつて解釋してゐるが、此説は近年孫詒讓によつて改正せられた。
内藤湖南 易疑 青空文庫
即ち孫詒讓の周禮正義には劉敞、陳祥道、薛季宣等の説に從ひ、九巫の巫を字の如く讀み、巫更以下を皆古への筮に精しき者九人の名とし、又その中の巫咸と巫易とを特に指摘して、巫咸は世本に見える作筮の巫咸であり、巫易は巫昜の誤で即ち楚辭招魂に見える巫陽であると考へたのである。
内藤湖南 易疑 青空文庫