左院
さいん
名詞
標準
文例 · 用例
その上、最近になって、左院副議長江藤新平の知遇を得て、司法少輔に抜擢せられる内約があったし、そうなれば、新日本の民法刑法などの改革に、一働きしたい野心もあった。
— 菊池寛 『仇討禁止令』 青空文庫
明治元年二月内國事務參與職ニ補セラレ、尋デ公議院ノ議長、左院小議官等ニ歴任シ、或ハ元老院議官ニ、或ハ貴族院勅選議員ニ任ゼラレ、明治三十七年十月病テ歿ス。
— 秋月古香略傳 『南洲手抄言志録』 青空文庫
一八七四年(明治七年)一月になって、板垣退助、後藤象次郎、江藤新平、副島種臣、岡本健二郎、由利公正、小室信夫、古沢滋らは、そのころ名のあらわれた人物であったが、民選議院設立の建白書を、左院に提出した。
— 誰が日本民族の主人であるか 『天皇』 青空文庫
さきに述べたとおり、明治七年一月、当時の有力者|板垣退助、後藤象二郎、江藤新平、副島種臣、由利公正らは、民選議院設立の建白書を、左院に提出し、明治十三年四月には、東北の名士|河野広中、土佐の名士|片岡健吉の二人は、国会開設許可の上願書を、全国八万七千余人の総代として、天皇に提出した。
— 誰が日本民族の主人であるか 『天皇』 青空文庫
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左院(さいん)は、明治初期の立法府である。
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