本地垂迹説
ほんじすいじゃくせつ
名詞
標準
manifestation theory (holding that Shinto gods are manifestations of buddhas)
文例 · 用例
をこがましい申し分ではあるが、かの本地垂迹説を単に山家・南山の両大師あたりの政略であつた様に言ふ歴史家の見解は、仮令結果が一に帰するにしても、心理的根拠から、我々の頗る不服とするところであつて、此事蹟の背後には、猶一段と熱烈にして且敬虔な民族的信仰の存するものを認めて貰ひたいのである。
— 折口信夫 『髯籠の話』 青空文庫
それで兩部習合説の次に本地垂迹説が起り、その後になつてアベコベに、神を本地として佛を垂迹とした説も起つて來たのであります。
— 内藤湖南 『大阪の町人學者富永仲基』 青空文庫
常陸に現れた大己貴・少彦名神が、『延喜式』に薬師菩薩神社と登録せられてあるのも、本地垂迹説によって薬師如来に習合せられたのではなくして、この神、わが国における薬師すなわち医者の元祖ということで、それに菩薩号を授けて薬師菩薩と崇めたものと解せられるのである。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
それが年を経るに従って主客の位置が転倒するようになったのは、仏教が次第に普及して神仏習合の思潮を誘致し、遂に本地垂迹説が唱えられるに至った為である。
— 木暮理太郎 『山の今昔』 青空文庫
辻博士の研究に成る本地垂迹説に拠れば、「神前読経といふことは、延暦弘仁の頃から次第に盛になった、これは神はまだ悟の開けぬ、解脱せざる衆生の一であるから、悦んで仏法の供養を受け、其功徳に依りて悟を開き、進んで菩薩となるといふ思想から出発したものである。
— 木暮理太郎 『山の今昔』 青空文庫
神仏習合の現象は、奈良時代以前天武持統の頃から徐々にあらはれて居るが、奈良時代に於てはまだ本地垂迹説が唱へられたといふ形跡を認めないし、行基が本地垂迹説を作つたといふことは後世よりいひ出した事で、固より事実ではない。
— 木暮理太郎 『山の今昔』 青空文庫
又伝教大師及び弘法大師の時代に於ける神仏習合の思想は、本地垂迹説を考へるまでに発達して居らず、伝教大師を開祖とする山王一実神道、弘法大師を創立者とする両部習合神道は、後世に於て発達形成したものを、遥に上せて両大師に附会したものであって、両大師の神道の著書と称するものは皆偽書である。
— 木暮理太郎 『山の今昔』 青空文庫
それまでの日本は行基の本地垂迹説に基を開いた、神仏混交時代が長く長く続きました。
— 観音様の頬 『奇談クラブ〔戦後版〕』 青空文庫
作例 · 標準
本地垂迹説の影響により、神社の中に寺院が建てられる神宮寺が各地に作られた。
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中世の日本人の信仰心を解き明かす上で、本地垂迹説は避けて通れないテーマだ。
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権現という称号は、仏が日本の神として仮に現れたことを示す本地垂迹説に基づいている。
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