歛
歛
名詞
標準
文例 · 用例
梧堂の居る所は小西湖亭と名づけ、蘭軒の詩にも「門蹊欲転小天台、窓歛湖光三面開」と云つてあるから、不忍池の上であつただらう。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
しかしこれは一の感情が力強く浮き出せば、他の感情が暫く影を歛めるのであった。
— 森鴎外 『青年』 青空文庫
日の中は宛然沸くが如く楽み、謳ひ、酔ひ、戯れ、歓び、笑ひ、語り、興ぜし人々よ、彼等は儚くも夏果てし孑孑の形を歛めて、今将何処に如何にして在るかを疑はざらんとするも難からずや。
— 尾崎紅葉 『金色夜叉』 青空文庫
宮はこの散歩の間に勉めて気を平げ、色を歛めて、ともかくも人目を※れんと計れるなり。
— 尾崎紅葉 『金色夜叉』 青空文庫
紋羽二重の小豆鹿子の手絡したる円髷に、鼈甲脚の金七宝の玉の後簪を斜に、高蒔絵の政子櫛を翳して、粧は実に塵をも怯れぬべき人の謂ひ知らず思惑へるを、可痛しの嵐に堪へぬ花の顔や、と群集は自ら声を歛めて肝に徹ふるなりき。
— 尾崎紅葉 『金色夜叉』 青空文庫
かくして今は鰐淵の手代ならぬ三番町の間は、その向に有数の名を成して、外には善く貸し、善く歛むれども、内には事足る老婢を役ひて、僅に自炊ならざる男世帯を張りて、なほも奢らず、楽まず、心は昔日の手代にして、趣は失意の書生の如く依然たる変物の名を失はでゐたり。
— 尾崎紅葉 『金色夜叉』 青空文庫
「さうぢやらう、学士になるか、高利貸になるかと云ふ一身の浮沈の場合に、何等の相談も為んのみか、それなり失踪して了うたのは何処が親友なのか」 その常に慙ぢかつ悔る一事を責められては、癒えざる痍をも割るる心地して、彼は苦しげに容を歛め、声をも出さでゐたり。
— 尾崎紅葉 『金色夜叉』 青空文庫
初夏の日は長かりけれど、纔に幾局の勝負を決せし盤の上には、殆ど惜き夢の間に昏れて、折から雨も霽れたれば、好者どもも終に碁子を歛めて、惣立に帰るをあたかも送らんとする主の忙々く燈ともす比なり、貫一の姿は始て我家の門に顕れぬ。
— 尾崎紅葉 『金色夜叉』 青空文庫