東山道
とうさんどう
名詞
標準
Tōsandō (area between the Tōkaidō and Hokurikudō)
文例 · 用例
国司の館も国府も悉く虜掠されて終ひ、公雅は涙顔天を仰ぐ能はず、すご/\と東山道を都へ逃れ去つた。
— 幸田露伴 『平将門』 青空文庫
二 天皇はついで大毘古命を北陸道へ、その子の建沼河別命を東山道へ、そのほか強い人を方々へお遣しになって、ご命令に従わない、多くの悪者どもをご征伐になりました。
— 鈴木三重吉 『古事記物語』 青空文庫
それは、東山道から攻めのぼった官軍を支えようとした幕兵を一戦に破ったあとのことであった。
— 田中貢太郎 『怪僧』 青空文庫
昌幸が、上田城を守って、東山道を上る秀忠の大軍を停滞させて、到頭関ヶ原に間に合わせなかった話は、歴史的にも有名である。
— 菊池寛 『真田幸村』 青空文庫
剣の名人必ずしも、戦場では役に立たないと云う説を成す人がいるが、必ずしもそうではない、寄手力攻めになしがたきを知り、抑えの兵を置きて、東山道を上ったが、関ヶ原の間に合わなかった。
— 菊池寛 『真田幸村』 青空文庫
続いて徳川家康、織田信雄は東海道から、上杉景勝、前田利家は東山道から潮の様に小田原指して押しよせた。
— 菊池寛 『小田原陣』 青空文庫
大山街道、甲州街道、東山道、奧州街道の如き、都の出口は、糞車ひきもきらざるは、閉口也。
— 大町桂月 『東京の近郊』 青空文庫
二 市九郎とお弓は、江戸を逐電してから、東海道はわざと避けて、人目を忍びながら、東山道を上方へと志した。
— 菊池寛 『恩讐の彼方に』 青空文庫
作例 · 標準
中世の日本では、東山道は都と東北地方を結ぶ重要な街道だった。
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東山道は、奥州藤原氏が栄えた平泉へと続く道としても知られている。
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現代の高速道路も、かつての東山道のルートをなぞるように建設されている箇所がある。
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ウィキペディア
東山道(とうさんどう/とうせんどう)は、古代から中世にかけての五畿七道の一つ。本州内陸部を近江国から東へ貫いて陸奥国・出羽国に至る行政区分。
出典: 東山道 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0