享徳
きょうとく
名詞
標準
Kyōtoku era (1452.7.25-1455.7.25)
文例 · 用例
享徳二年八月伊勢、八幡、住吉三社の神馬同時に死す、応仁大乱の前表という(『和漢三才図会』七四)。
— 馬に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
小番取進之――尋尊大僧正記(享徳三年十一月廿六日)。
— 折口信夫 『春日若宮御祭の研究』 青空文庫
横川景三殿の弟子|分の細川殿も早く享徳の頃から『君慎』とかいう書を公方に上って、『君行跡|悪しければ民|順はず』などと口を酸くした。
— 神西清 『雪の宿り』 青空文庫
横川景三殿の弟子|分の細川殿も早く享徳の頃から『君慎』とかいふ書を公方に上つて、『君行跡|悪しければ民|順はず』などと口を酸くした。
— 神西清 『雪の宿り』 青空文庫
ウィキペディア
享徳(きょうとく、 は、日本の元号の一つ。宝徳の後、康正の前。1452年から1455年までの期間を指す。この時代の天皇は後花園天皇。室町幕府将軍は足利義政。
出典: 享徳 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0