稲畑
いなはた
名詞
標準
文例 · 用例
愕堂の日本料理談4・1(夕) 仏蘭西通の稲畑勝太郎氏が先日何かの用事で尾崎行雄氏を訪ねた事があつた。
— 大正七(一九一八)年 『茶話』 青空文庫
ところが、徳川氏は、諸大名を肉体的に衰へさせるには、そんな結構な所を食べさせてはならないといふので、今に伝はつてるやうな見た眼に美しい料理法を奨励する事になりました……」「成程面白い御観察で……」 稲畑氏は感心したやうに小首を傾げた。
— 大正七(一九一八)年 『茶話』 青空文庫
」「しますると……」稲畑氏は肉刀をかちかち言はせながら調子を合はせた。
— 大正七(一九一八)年 『茶話』 青空文庫
稲畑、親子、 仏国の兵士の話、瀧口の話、(日露)従軍十二月 二日 最後の晩十二月 三日 立つ朝、寒いもやの濃い日、朝ミス ハセガワに会う。
— 宮本百合子 『「黄銅時代」創作メモ』 青空文庫
○稲畑さんの御嬢さんは、ちっとも性的生活と云う事を知らない。
— 一九一九年(大正八年) 『日記』 青空文庫
稲畑さんのお嬢さんの云う通り、世の中に決して、私が一人何かを持ったものではあるまい、然し、又彼女が云った通り、正しさに対して戦う意志がないのだ。
— 一九一九年(大正八年) 『日記』 青空文庫
ふろ屋、精米所、ガラス屋から、日立造船の前身である大阪鉄工所、稲畑染工所、尼崎汽船などの大ものにも取組んでいった。
— ――放浪の末、段ボールを思いつく 『私の履歴書』 青空文庫
ゆえに堀之内と称するなるべし」とあり、丹波|氷上郡|沼貫村大字稲畑の見田堀ノ内に付いては『丹波誌』に「この山に城山あり、その麓に古堀あるゆえ今もかくのごとくいう」と見えている。
— 柳田國男 『地名の研究』 青空文庫