志都歌
しつうた
名詞
標準
文例 · 用例
此が記・紀になると、すせり媛・とよたま媛・やまとたけるの命の后王子らの歌・仁徳后の志都歌返歌・大春日皇后の歌など、皆夫君に奉る歌は、水の縁を離れない。
— 折口信夫 『万葉集研究』 青空文庫
殊にすせり媛のは、衣を解き放ける様を、志都歌返歌は、禊ぎの瀬を求める風を、最後のは、禊ぎと竹と楽器との関係を述べる古詞から出た事を見せてゐる。
— 折口信夫 『万葉集研究』 青空文庫
其上、祖先の人々は、この辛くして舌に沁む美しさを湛へた志都歌の返歌――葛城部の物語歌――を遺したのである。
— 折口信夫 『日本文学の発生』 青空文庫
「志都歌の返歌」といふ名で、六首の歌が、宮廷の大歌所に古くから伝誦せられてゐた。
— 折口信夫 『日本文学の発生』 青空文庫
その「志都歌之返歌」は、母胎として葛城部の物語を持つたことは、此後に述べる「叙事詩と名代部」に絡んだ推測を予めすゝめて置く。
— 折口信夫 『日本文学の発生』 青空文庫
大歌のすべてに共通した目的なる鎮魂呪術の印象を、――其が漸く忘れられて来た後までも、最著しく而も、後代的に変化した意味で――持つてゐたのが、志都歌である。
— 折口信夫 『日本文学の発生』 青空文庫
志都歌の「しづ」は、第二義における鎮魂呪術に関して言ふのである。
— 折口信夫 『日本文学の発生』 青空文庫
雄略朝の歌として伝るものは、概ね「志都歌」と言ふべきものなのだらうが、其中、古くて名高いものは、名高いだけに、各早く別々に独立した。
— 折口信夫 『日本文学の発生』 青空文庫