巡撫
じゅんぶ
名詞
標準
文例 · 用例
剣侠 某|中丞が上江の巡撫であった時、部下の役人に命じて三千金を都へ送らせた。
— 池北偶談 『中国怪奇小説集』 青空文庫
「僕が宰相になったなら、張兄を南方の巡撫にし、中表を参軍にしよう、我家の年よりの僕は小千把になるさ、僕の望みもそれで足れりだ」 一座は大笑いをした。
— 田中貢太郎 『続黄梁』 青空文庫
晋国の巡撫から十人の女の楽人を餽ってきた。
— 田中貢太郎 『続黄梁』 青空文庫
幇匪の勢力が日に日に強大になってゆくので、時の巡撫は統領にこれが討伐を密命した。
— 国枝史郎 『さまよう町のさまよう家のさまよう人々』 青空文庫
明末に明の巡撫が清軍に降服した時、この巡撫は肉袒牽羊、作法も辭令も、すべて『左傳』をその儘に眞似をしたから、さしもの清軍も大笑をしたといふ逸事もある。
— 桑原隲蔵 『支那人の文弱と保守』 青空文庫
かくて中央政府の大官に對して、地方長官が彈劾權を有し、地方長官の間に於て、總督は巡撫を、巡撫は總督を彈劾する權利を有してゐる。
— 桑原隲蔵 『支那人の妥協性と猜疑心』 青空文庫
彼は同治八年(西暦一八六九)に、年二十七歳の頃に、西太后の密旨を受けて、山東地方へ出掛けたが、宦官の皇城外へ出るのは法規違反であるから、山東巡撫の丁寶を指嗾して、強硬手段を執らしめたといふので、西太后と東太后との間柄が圓滑を缺き、また西太后と恭親王との間柄が、一層不和となつたと傳へられて居る。
— 桑原隲藏 『支那の宦官』 青空文庫
雍正六年(西暦一七二八)に、福建の巡撫から管内の孝子李盛山といふものが、肝を割きて母の病を救ひ、母の病は癒えたが、彼自身はその傷重くして遂に死んだから、この孝子に旌表を加へたいと申出た。
— 桑原隲藏 『支那人間に於ける食人肉の風習』 青空文庫
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巡撫 は、中国の明代及び清代にあった官職である。
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