臨済
りんざい
名詞
標準
文例 · 用例
第七二課 さとり「さとり」ということは、無限の宇宙生命と、有限の私たち個人の生命と、全く一つのものであることを、はっきり認識したその意識を指すので、禅家の方殊に臨済宗の方で、やかましく言う修業上の心境の段階を指します。
— 岡本かの子 『仏教人生読本』 青空文庫
この例としては、徳川時代の臨済禅の傑僧白隠禅師がよく引合いに出されます。
— 岡本かの子 『仏教人生読本』 青空文庫
いかにも禅刹らしい(緑平老はきつと喜ぶだらう)、そしていかにも臨済坊主らしい(それだから臭くないこともない)。
— 種田山頭火 『行乞記』 青空文庫
夜は瑞光寺(臨済宗南禅寺派の巨刹)拝登、彼岸会説教を聴聞する、悔ゐなかつた。
— 種田山頭火 『行乞記』 青空文庫
――“諸行無常”“木魂”随処作空 立処皆真 (臨済)・老木挽さんがいふ――・山の子は山で。
— 昭和十三年 『旅日記』 青空文庫
臨済、黄檗は悟れと云う。
— 夏目漱石 『虞美人草』 青空文庫
だから主人がこの文章を尊敬する唯一の理由は、道家で道徳経を尊敬し、儒家で易経を尊敬し、禅家で臨済録を尊敬すると一般で全く分らんからである。
— 夏目漱石 『吾輩は猫である』 青空文庫
蛇の足 六月号へ本篇三を出し未完と記しながら、後分を蛇の体同様長々と出し遅れたは、ちょうどその頃|谷本富博士より、三月初刊『臨済大学学報』へ出た「蛇の宗教観」を示された。
— 蛇に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫