屯倉
みやけ
名詞
標準
文例 · 用例
将門は一人で、官職といへば別に大したものを有してゐるのでも無い、たゞ伊勢太神宮の御屯倉を預かつて相馬|御厨の司であるに過ぎぬのであるに、父の余威を仮るとは言へ、多勢の敵に対抗して居られるといふものは、勇悍である故のみでは無い、蓋し人の同情を得てゐたからであつたらう。
— 幸田露伴 『平将門』 青空文庫
朝鮮の任那の国をば、内屯倉とよんで居つた。
— 折口信夫 『大嘗祭の本義』 青空文庫
内屯倉は、天子様の御言葉の勢力が及んだ証拠で、此大八洲天皇とか、御宇日本天皇とかいふ言葉を聞くと、もう、人々の心も身も、天子様のものになつて了ふ。
— 折口信夫 『大嘗祭の本義』 青空文庫
朝鮮半島に於ける国を内屯倉と称したのも、実は、蕃国使に宣せられる詔旨に、其大国を、日本の内なる屯倉同格に、取扱ふといふ意味の発想法が、淆つてゐたからの事と信じてゐる。
— 折口信夫 『高御座』 青空文庫
適、縮見屯倉首、新室の縱賞して、夜を以て晝に繼ぐに會ふ。
— まれびとの意義 『國文學の發生(第三稿)』 青空文庫
応神帝崩後、額田ノ大中彦、倭ノ屯田・屯倉を自由にしようとなされて、是屯田は元来「山守ノ地」だから、我が地だと言はれた。
— ――序説として―― 『唱導文学』 青空文庫
太子以前の國情は大化革新の際の詔に見えて居る所で、昔から天皇等の立て給へる子代の民、處々の屯倉、別、臣、連、伴造、國造、村主の保てる部曲の民と謂ふ樣なものが全國に充ち滿ちて、朝廷の官吏とも謂ふべき者の治める土地は至つて尠なかつた。
— 内藤湖南 『聖徳太子』 青空文庫
中央集権は主として屯倉(直轄地)の設置によって行なわれた。
— 和辻哲郎 『日本精神史研究』 青空文庫
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屯倉(みやけ)は、ヤマト王権の支配制度の一つ。全国に設置した直轄地を表す語でもあり、のちの地方行政組織の先駆けとも考えられる。
出典: 屯倉 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0