硬論
こうろん
名詞
標準
文例 · 用例
東下論は硬論であり、恭順論は軟論であった。
— 菊池寛 『乱世』 青空文庫
それはまた彼の若い心に消えていない硬論のなごりでもあった。
— 本庄陸男 『石狩川』 青空文庫
硬論を期待した新たな長官の黒田清隆も、現地を一目見て抱負を投げだした。
— 本庄陸男 『石狩川』 青空文庫
従って、あるいは堀のいら立たしげな強硬論がますます空想を逞しくするのかも知れない。
— 本庄陸男 『石狩川』 青空文庫
実際、だいぶこの強硬論が優勢だったのだが、第二号は考えた。
— 牧逸馬 『戦雲を駆る女怪』 青空文庫
」 この数カ月武林は、大阪にかくれていた原惣右衛門、京都に潜んでいた片岡源吾、それから、江戸の堀部安兵衛らと、ひそかに、あちこち往来して、一挙の時期を早める硬論を唱道してきたのだ。
— 林不忘 『口笛を吹く武士』 青空文庫
若い娘たちが空論を弄ぶのと違って、四十をこした由起さんが自分の体験を理論の裏づけにして、穏やかに、しかし相当の硬論を吐いているところは大人々々している。
— 坂口安吾 『由起しげ子よエゴイストになれ』 青空文庫
僕は長谷川が女郎屋の亭主になるようなら絶交する」 と小松さんは硬論を唱えた。
— 佐々木邦 『凡人伝』 青空文庫