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桐一葉

きりひとは
名詞
1
標準
falling paulownia leaf signaling the beginning of autumn (fall)
文例 · 用例
○三月、東京座にて坪内博士の「桐一葉」を初演。
岡本綺堂 明治演劇年表 青空文庫
狂言は「桐一葉」「ヴェニスの商人」「常闇」。
岡本綺堂 明治演劇年表 青空文庫
坪内逍遙博士の『桐一葉』など見ると、且元という人物は極めて深謀遠慮の士で、秀吉亡き後の東西の感情融和に、反間苦肉の策をめぐらしていたように書いてあるが、嘘である。
菊池寛 真田幸村 青空文庫
桐一葉』に依って且元が忠臣らしく、伝えられるなど、甚だ心外だが、今に歌右衛門でも死ねば、誰も演るものがないからいいようなものの。
菊池寛 真田幸村 青空文庫
が、坪内君が『桐一葉』を書いた時は団十郎が羅馬法王で、桜痴居士が大宰相で、黙阿弥劇が憲法となってる大専制国であった。
――坪内逍遥―― 明治の文学の開拓者 青空文庫
桐一葉』は勿論『書生気質』のようなものではない。
――坪内逍遥―― 明治の文学の開拓者 青空文庫
が、今日坪内君はこれを傑作とも思うまいし、また坪内君の劇における功労は何百年来封鎖して余人の近づくを許さなかったランド・オブ・シバイの関門を開いたのであって『桐一葉』の価値を論ずるが如きはそもそも末である。
――坪内逍遥―― 明治の文学の開拓者 青空文庫
文芸協会はこの年の十一月、歌舞伎座で坪内逍遥博士の「桐一葉」を上演した。
岡本綺堂 綺堂むかし語り 青空文庫
ウィキペディア

『桐一葉』(きりひとは)は、坪内逍遥作の歌舞伎の演目。1894年(明治27年)11月から1895年(明治28年)9月にかけ『早稲田文学』に連載。1904年(明治37年)3月東京座初演。6幕16場。続編『沓手鳥孤城落月(ほととぎすこじょうのらくげつ)』は1897年(明治30年)9月『新小説』で発表され、1905年(明治38年)5月大阪角座で初演された。

出典: 桐一葉 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0