左注
さちゅう
名詞
標準
文例 · 用例
歌の左注に、山上憶良の類聚歌林に、一書によれば、戊申年、比良宮に行幸の時の御製云々とある。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫
そうならば此歌は斉明天皇の御製であろうかと左注で云っている。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫
○渡津海の豊旗雲に入日さし今夜の月夜清明けくこそ 〔巻一・一五〕 天智天皇 此歌は前の三山の歌の次にあるから、やはり中大兄の御歌(反歌)の一つに取れるが、左注に今案不似反歌也とあるから編輯当時既に三山の歌とすることは疑われていたものであろう。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫
この歌の詞書は、「長皇子与志貴皇子於佐紀宮倶宴歌」とあり、左注、「右一首長皇子」で、「御歌」とは無い。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫
岳本天皇は即ち舒明天皇を申奉るのであるが、御製歌には女性らしいところがあるので、左注には後岳本天皇即ち斉明天皇の御製ではなかろうかと疑問を附している。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫
左注に此歌の作者が不明だが、歌柄から見て憶良だろうと云って居る。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫
また此歌の左注に、憶良が病んだ時、藤原朝臣八束(藤原|真楯)が、河辺朝臣|東人を使として病を問わしめた、その時の作だとある。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫
○大海に島もあらなくに海原のたゆたふ浪に立てる白雲 〔巻七・一〇八九〕 作者不詳 作者不明だが、「伊勢に駕に従へる作」という左注がある。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫