釐
釐
名詞
標準
文例 · 用例
明の律は太祖の武昌を平らげたる呉の元年に、李善長等の考え設けたるを初とし、洪武六年より七年に亙りて劉惟謙等の議定するに及びて、所謂大明律成り、同じ九年|胡惟庸等命を受けて釐正するところあり、又同じ十六年、二十二年の編撰を経て、終に洪武の末に至り、更定大明律三十巻大成し、天下に頒ち示されたるなり。
— 幸田露伴 『運命』 青空文庫
始より終に至るまで、着争ひ、雌雄未だ決せずば、毫釐も以て差ふ可からず。
— 幸田露伴 『囲碁雑考』 青空文庫
墨子の弟子の禽滑釐が日に焦げ黒み、手足胼胝して苦學したといふが如きも、たゞ室内に在つて道を聞き教を受けるのでは然樣いふことになる譯は無い、工學的の實際を敢てしたればこそ然樣なるのであつて、然樣して其學成就すれば「巨子」となるのである。
— 幸田露伴 『墨子』 青空文庫
そして墨者は死を以て其道と地位とに殉ずる意氣が甚だ強かつたもので、墨子の弟子禽滑釐等三百人は楚を敵として死なうとし、巨子孟勝が呉起の亂に死した時は弟子徐弱をはじめ八十五人が皆死んでゐる。
— 幸田露伴 『墨子』 青空文庫
古書多くは皆然りであるが、墨子の書の大部分は墨子の手に成つたのでは無くて、墨子の弟子、或は墨子の弟子の禽滑釐の弟子、或は其弟子の弟子等の手に成つたものである。
— 幸田露伴 『墨子』 青空文庫
其の證據は現存の墨子所染篇の末のところに「禽子傳説の徒是なり」とある句があるが、禽滑釐は墨子の弟子であるのに、それを「子」といふ尊稱を以て名いつてゐるのは、禽子系の弟子の手に文が成つたからである。
— 幸田露伴 『墨子』 青空文庫
談理まことに毫釐の益を文壇に與ふることなからむか。
— 森鴎外 『柵草紙の山房論文』 青空文庫
大永四年に家康の祖父岡崎次郎三郎清康が、忠行の父忠茂の謀を用ゐて、松平弾正左衛門信貞入道昌安の兵を破り、昌安の女婿となつて岡崎城に入つた時、忠茂は岡崎市の小物成を申し受け、さて毫釐も徴求せずにゐた。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫