辻子
ずし
名詞
標準
文例 · 用例
それから西仙房は姉小路、白川祓殿の辻子という処に妹の尼さんが住んでいた。
— 中里介山 『法然行伝』 青空文庫
六条村年寄の留書を見ると、辻子の事をよく「るし」と仮名書きしてある。
— 喜田貞吉 『特殊部落の言語』 青空文庫
大乗院門跡ともある尋尊僧正の筆に上っては、「五ヶ所・十座の者共」などと安っぽく扱われてはいるが、民間にあっては彼らはかなり恐れられたもので、『平城坊目考』にある人の説を引いて(「陰陽町唱門ヶ辻子の条」)、「往年唱門師当地に住して、興福寺に属す。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
ことにその陰陽町が、俚俗唱門が辻子といわれたことによっても、少くともここでは唱門すなわち陰陽師であったことが証明せられよう。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
『平城坊目考』に、俗間此町を謂て唱門ヶ辻子と称す。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
是唱門が辻子と云の言縁なり云云。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
またその高御門町から東、西新屋町より東北に向かって中新屋町に通ずる小路を、もと聖が辻子といった。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
さらに思うに、この西坂町は、東の方ただちに今辻子町・百万が辻子に続き、今の開化天皇陵の下に接している。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
ウィキペディア
辻子(ずし)は、大阪府高槻市の地名。現行行政地名は辻子一丁目から辻子三丁目。
出典: 辻子 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0