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衍暦

衍暦
名詞
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標準
文例 · 用例
方面を變へて天文の方を觀ると、唐時代に出來た有名な暦に大衍暦がある。
桑原隲藏 東西交通史上より觀たる日本の開發 青空文庫
この大衍暦は唐の玄宗時代に、即ち唐の開元十六年(西暦七二八)から唐の朝廷に採用された新暦である。
桑原隲藏 東西交通史上より觀たる日本の開發 青空文庫
然るに當時支那に留學して居つた吉備眞備が、その大衍暦の非常に優秀なることを聞き知つて、その歸朝の時にこの暦を我が國に將來した。
桑原隲藏 東西交通史上より觀たる日本の開發 青空文庫
それは聖武天皇の御代で西暦七三四年で丁度大衍暦が唐に採用されてから六年目の後である。
桑原隲藏 東西交通史上より觀たる日本の開發 青空文庫
それから淳仁天皇の御代になると、西暦七六三年からこの大衍暦が唐同樣に我が朝廷にも採用されて、爾後約百年の間、この暦が日本の正暦と定められたのである。
桑原隲藏 東西交通史上より觀たる日本の開發 青空文庫
また當時新羅の暦は甚だ不完全であつたと想像せらるるに、優秀なる大衍暦が出來ても、新羅の政府は遂に之を採用せなかつた。
桑原隲藏 東西交通史上より觀たる日本の開發 青空文庫
序に申述べるが、この大衍暦は支那で出來た古今の暦のうちで、最も優秀なる暦であるのみならず、世界に對しても誇るに足るべき優秀なる暦であつた。
桑原隲藏 東西交通史上より觀たる日本の開發 青空文庫
この最中に支那に一行といふ偉大な天文學者が出て、開元九年(西暦七二一)から十五年(西暦七二七)までかかつて、最も完全なる大衍暦を作製した。
桑原隲藏 東西交通史上より觀たる日本の開發 青空文庫