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改暦

かいれき
名詞動詞-サ変
1
標準
calendar reform
文例 · 用例
訳注(a)明治五年一一月九日の太政官布告第三三七号(改暦ノ布告)。
RED BRIDAL 赤い婚礼 青空文庫
按ずるに改暦後、月を変へて日を変へずに五月二十三日とし、所謂|※夜に客を招いたのであらう。
森鴎外 伊沢蘭軒 青空文庫
此度の改暦にても其譯を知らずして十二月の三日が正月の元日になると計りいふて、夢中にこれを聞き夢中にこれを傳へなば實に驚くべき事なれども、平生より人の讀むべき書物を讀み、物事の道理を辨じてよく其本を尋れば少しも不思儀なる事にあらず。
福澤諭吉 改暦辨 青空文庫
故に日本國中の人民此改暦を怪む人は必ず無學文盲の馬鹿者なり。
福澤諭吉 改暦辨 青空文庫
玄宗の開元の初期に使用されて居つた暦は、唐の高宗の麟徳二年(西暦六六五)に、之も有名な李淳風の作つた麟徳暦であるが、開元の頃となると、この麟徳暦が不正確となり、暦と天體の運行とが一致を缺くことになり、暦表に日蝕と記載してある日に日蝕がなかつたり、種々の不便が起つたので、改暦の必要を感じた。
桑原隲藏 東西交通史上より觀たる日本の開發 青空文庫
かくて玄宗の開元六年に印度の天文學者の瞿曇悉達が改暦の參考に供すべく、九執暦を漢譯すると、更にその翌年の開元七年(西暦七一九)に中央アジアの吐火羅(Tokhara)國の王が、唐改暦の噂を聞き傳へたと見え、天文學に堪能なる其國の僧侶を長安に送つて、改暦の手傳ひを願ひ出てゐる。
桑原隲藏 東西交通史上より觀たる日本の開發 青空文庫
兔に角唐の朝廷で改暦の議が始まると、中央アジアのイラン(波斯)系の天文と、印度系の天文と、支那傳統の天文とが、三つ巴となつて優劣を爭うた。
桑原隲藏 東西交通史上より觀たる日本の開發 青空文庫
」 この半蔵の改暦に関する建白とは、かなり彼の心をこめたもので、新政府が太陽暦を採用する際に、暦のような国民の生活に関係の深いものまで必ずしもそう西洋流儀に移る必要はなく、この国にはこの国の風土に適した暦もあっていいとの趣意から、当局者の参考にと提出したのであった。
第二部上 夜明け前 青空文庫
2
標準
new calendar (for a new year)
ウィキペディア

改暦(かいれき)とは、まず従来用いていた暦法を改良や統一を目的に改めること、あるいは日本において宣明暦に対し吉凶や誤差などの問題の解決を目的に行われた「宣明暦の改暦」のことである。用いる暦法を改めることは、古い時代での多くが暦学の進展による改良のためであった。しかし近年は、より大勢が用いる暦法と共通化するという、便宜を目的としたものがもっぱらである。例えば、1873年の日本における太陰太陽暦の天保暦から太陽暦のグレゴリオ暦への「明治改暦」がそれにあたる。また現在、世界で広く使われるグレゴリオ暦であるが、19世紀末から20世紀初頭を中心に改良案が提案され、21世紀の現在も検討している個人や団体などがいる。 宣明暦の改暦については、日本の歴史上最も長かった宣明暦の時代に、吉凶や日数・誤差調整などを理由として月の大小や閏月を人為的に操作したことがあり、その操作のことである。

出典: 改暦 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0