村男
むらおとこ
名詞
標準
文例 · 用例
このくらゐの雨は、竹の子笠に及ぶものかと、半纏ばかりの頬被で、釣棹を、刺いて見しよ、と腰にきめた村男が、山笹に七八尾、銀色の岩魚を徹したのを、得意顏にぶら下げつゝ、若葉の陰を岸づたひに、上流の一本橋の方からすた/\と跣足で來た。
— 泉鏡太郎 『雨ふり』 青空文庫
柳河の老儒渡辺村男先生の東道なり。
— 北原白秋 『夢殿』 青空文庫
あの改革案が岩村男の指金で無かつたら、夙くの往昔に文部省の方でも取りあげてゐたに相違ないといふのは、少しく美術界の消息に通じてゐる者の誰しも首肯する所だ。
— 大正五(一九一六)年 『茶話』 青空文庫
岩村男は洋行帰り当時は、洒脱な交際ぶりと諧謔交りの口上手と無学者ばかりの美術界に幾らか本を読んでゐる、若くは本が読めるといふので重宝がられて、自分でも下手な絵の方はそつち除に、美術の批評家になり済して了つた。
— 大正五(一九一六)年 『茶話』 青空文庫
岩村男は口癖のやうに「八百屋の店先に転がつてゐる大根の曲線が解らぬやうでは裸体美の話は出来ぬ。
— 大正五(一九一六)年 『茶話』 青空文庫
この二つを十分に備へたもので、初めて立派な美術批評家といへるが、かうした意味に於て岩村男を秀れた美術批評家といふのに無論異存はない。
— 大正五(一九一六)年 『茶話』 青空文庫
だが、美術学校改革問題では、寧ろ岩村男一派のいふ事に真実があるのだから、美術通を以て任ずる高田文相はこの際同校に思ひ切つた革新が施して貰ひたい。
— 大正五(一九一六)年 『茶話』 青空文庫
これは極々の内証話だが、高田文相も岩村男と同じ意味に於て立派に二つの資格を備へた美術通である。
— 大正五(一九一六)年 『茶話』 青空文庫