養和
ようわ
名詞
標準
Yōwa era (1181.7.14-1182.5.27)
文例 · 用例
養和の頃の出来事であったと覚えているが何分にも古い事ではっきりした時は云われないのだが、その頃の二年の間と云うもの実にひどい飢饉のあった事があった。
— 鴨長明 『現代語訳 方丈記』 青空文庫
しかし養和元年もこの様な惨憺たる有様の中にどうやら暮れてしまったのである。
— 鴨長明 『現代語訳 方丈記』 青空文庫
明けて養和二年、人々は今年こそは物資の豊かな、平和な世に立ち直るものと期待していたのであるが、その期待は見事に裏切られてしまった。
— 鴨長明 『現代語訳 方丈記』 青空文庫
』又養和のころかとよ、久しくなりてたしかにも覺えず、二年が間、世の中飢渇して、あさましきこと侍りき。
— 鴨長明 『方丈記』 青空文庫
平氏は、福原の遷都を、掉尾の飛躍として、治承より養和に、養和より寿永に、寿永より元暦に、天暦より文治に、円石を万仞の峰頭より転ずるが如く、刻々亡滅の深淵に向つて走りたりき。
— 芥川龍之介 『木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)』 青空文庫
平宗盛を主将とせる有力なる征東軍が羽檄を天下に伝へて、京師を発せむとするの前夜(養和元年閏二月一日)天乎命乎、入道相国は俄然として病めり。
— 芥川龍之介 『木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)』 青空文庫
天下を麾いで既にルビコンを渡れる彼は、養和元年六月、越後の住人、城四郎長茂が率ゐる六万の平軍と、横田川を隔てて相対しぬ。
— 芥川龍之介 『木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)』 青空文庫
その後十一年、養和元年八月十五日に至って、秀衡はついに陸奥守に任ぜられた。
— 喜田貞吉 『奥州における御館藤原氏』 青空文庫
作例 · 標準
源平合戦の最中、養和の飢饉が人々を苦しめた。
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養和年間は、社会が大きく変動した時代だった。
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古文書には、養和の出来事が克明に記されている。
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