義和
ぎわ
名詞
標準
文例 · 用例
」 当時の宗対馬守は義和であつた。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
」(集義和書、巻十三、義論八) これらの文章を読む時は、われわれはすでに幕府時代においてロイド・ジョージの演説を聞くの感がある。
— 河上肇 『貧乏物語』 青空文庫
有名な義和団もこの白蓮会の支流の筈です。
— 国枝史郎 『雑草一束』 青空文庫
義和団事件を起したところの、彼の拳匪という奴や、一層有名な長髪賊なども、矢張り催眠術を巧みに使用し、愚夫愚婦を瞞着し煽動したものです。
— 国枝史郎 『さまよう町のさまよう家のさまよう人々』 青空文庫
そうしてこの暗殺の嫌疑者として、同郷人の服部嘉陳氏、錦織義弘氏が主として東京へ拘引され、なお従弟の小林信近や親友の由井清氏藤野漸氏相田義和氏なども連類として拘引された。
— 内藤鳴雪 『鳴雪自叙伝』 青空文庫
それ等の絵には義和団の匪徒や英吉利兵などは斃れてゐても、日本兵は一人も斃れてゐなかつた。
— 芥川龍之介 『本所両国』 青空文庫
それ等の絵には義和団の匪徒やイギリス兵などは斃れていても、日本兵は一人も、斃れていなかった。
— 芥川龍之介 『本所両国』 青空文庫
若し義和團の亂に關する北清事件を加へると、殆ど世界の列強のすべてと交戰して居る。
— 桑原隲蔵 『支那人の文弱と保守』 青空文庫
ウィキペディア曖昧さ回避
義和(ぎわ)
元号
- 義和 (北涼)(431年 — 433年) - 五胡十六国時代の北涼。
- 義和 (高昌)(614年 — 619年)
中国神話の羲和
- 羲和(ぎわ) — 中国古代の地理書『山海経』に記載のある太陽の母神であり、炎帝に属し東夷人の先祖にあたる帝夋の妻。
出典: 義和 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0