帰仁
帰仁
名詞
標準
文例 · 用例
そしてコデは五年おきもしくは七年おきに今帰仁拝みとか東廻りとかいうように族中の男女二、三名を携えて祖先の墳墓の地に往って祖先の神を拝し山川を祭るのであるが、巡礼が畢って帰るとすなわち家中の神への報告祭があります。
— 伊波普猷 『ユタの歴史的研究』 青空文庫
諸君もし支那の冊封使が渡来するごとに那覇にいた二、三百人の気の早い薩摩隼人が、支那人に見られまいとして、半年余の間、今帰仁や城間に潜んでいたという事実をお聞きになったら、なるほどとうなずかれるでありましょう。
— 伊波普猷 『琉球史の趨勢』 青空文庫
最有名なのは、島尻に於ける久高島、国頭に於ける今帰仁のおとほしであるが、此類は、数へきれない程ある。
— 折口信夫 『琉球の宗教』 青空文庫
此神の出現する時は此御嶽に神の笠が降り、其附近の今帰仁にも笠が降りる。
— 折口信夫 『琉球の宗教』 青空文庫
神職の名前の中で、今帰仁の神職に、あふりあぇと称して居る者がある。
— 折口信夫 『琉球の宗教』 青空文庫
唯形式だけでも、いまだに、独身を原則として居るのは、国頭の巫女たちで、今帰仁の阿応理恵は独身、辺土のろは表面独身で、私生の子を育てゝゐる。
— 折口信夫 『琉球の宗教』 青空文庫
真武礼金(同子、今帰仁王子)。
— 折口信夫 『日琉語族論』 青空文庫
また国頭郡|今帰仁村今泊で見た旧按司家|阿応理恵所伝の佩玉は、二十二個のいわゆる曲玉と、多数の水晶製丸玉とを交えて、きわめて見事なものであるが、これを納めた袋に、玉かはら一連。
— 喜田貞吉 『八坂瓊之曲玉考』 青空文庫
ウィキペディア曖昧さ回避
帰仁 帰仁区 - 台湾台南市の市轄区。 クイニョン - ベトナムビンディン省(平定省)の省都。
出典: 帰仁 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0