応和
おうわ
名詞
標準
Ōwa era (961.2.16-964.7.10)
文例 · 用例
何でもうたふし、祖父以来進歩党時代からの国会議員に力応和尚から草稿をかいてもらつて政談演説をしたり、剣術に凝り、植木に凝り、和讃に凝り、念仏に凝り、また穀断、塩断などをもした。
— 斎藤茂吉 『念珠集』 青空文庫
これは、宝泉寺住職|※応和尚が上京して留守中、泥棒が入らうとして日本刀で戸をずたずたに切つた。
— 斎藤茂吉 『念珠集』 青空文庫
その四丁目かに黒川重平という質屋があって、其処の二階に私の村の寺の住職佐原|※応和尚が間借をして本山即ち近江番場の蓮華寺のために奮闘していたものである。
— 斎藤茂吉 『三筋町界隈』 青空文庫
しかも美しい脚韻と美しい意味との応和が喜びを与へる。
— 岸田國士 『演劇論の一方向』 青空文庫
一方新撰万葉集の系統を見ると、公任の倭漢朗詠集よりも古く、応和以前に、大江|維時の「千載佳句」がある。
— 折口信夫 『万葉集研究』 青空文庫
藤岡旅館いそがしき君はひねもすわがために古山川をみちびきやまずあはれあはれ恋ふる心に沁みとほり山川ぞ見し君がなさけに三月二十九日午前十時四十分京都を発ち、米原駅下車、番場蓮華寺に※応和尚にあひまつる。
— 斎藤茂吉 『つゆじも』 青空文庫
石川隆道、樋口宗太郎二氏に会ふぬばたまの夜さりくれば湯豆腐をかたみに食へとのたまひにけり夜もすがら底びえしつつありたるが暁庭に薄氷が見ゆこの寺に※応和尚よろこびて焦したる湯葉をわれに食はしむ三月三十日。
— 斎藤茂吉 『つゆじも』 青空文庫
独り茶山の彼が才を愛して其薄命を憫み誦讐応和以て日を度るあるのみ。
— 山路愛山 『頼襄を論ず』 青空文庫
作例 · 標準
例句
ウィキペディア
応和(おうわ、 は、日本の元号の一つ。天徳の後、康保の前。961年から964年までの期間を指す。天皇は村上天皇。
出典: 応和 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0