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竟宴

きょうえん
名詞
1
標準
文例 · 用例
その百六十三 此年文政七年の冬に入つてより、蘭軒は十月十三日に本草経竟宴の詩を賦した。
森鴎外 伊沢蘭軒 青空文庫
竟宴には宿題があつて、蘭軒は斎詩集に見えてゐるが、此には省く。
森鴎外 伊沢蘭軒 青空文庫
その百六十四 此年文政七年十月十三日に蘭軒は本草経竟宴の詩を賦した。
森鴎外 伊沢蘭軒 青空文庫
ちょうど『新古今集』の竟宴が行われる前の年であった。
風巻景次郎 中世の文学伝統 青空文庫
九条家が勢力を得たのは建仁二年十月二十一日に内大臣通親が突然|薨去してからのことで、これは『新古今集』竟宴の行われた元久二年から足かけ四年前のことで、定家はすでに四十一であった。
風巻景次郎 中世の文学伝統 青空文庫
そして元久二年(一二〇五)三月二十七日、とにかく、春日殿で竟宴の儀が取り行われた。
風巻景次郎 中世の文学伝統 青空文庫
しかし日附は二十六日となっていて、竟宴の前日できたことにしてある。
風巻景次郎 中世の文学伝統 青空文庫
こうした歌の入れ換えは、竟宴の後も引きつづき行われ、最後的に出来上ったのは建保四年(一二一六)十二月のことだった。
風巻景次郎 中世の文学伝統 青空文庫