平元
へいがん
名詞
標準
文例 · 用例
黄巾の賊張角の起つたのは中平元年二月であるが、張陵の一族若くは一味と思はるゝ張修の巴郡に反旗を擧げたのは同年七月であるから、陵の教を立てたのは、それより前と考へられる。
— 幸田露伴 『道教に就いて』 青空文庫
元平元年に胡地で死んだということのほかは。
— 中島敦 『李陵』 青空文庫
松平元康が、どんなに優秀な前軍を勤めたかを簡単に示すならば、弘治三年四月には刈屋を攻め、七月|大府に向い、翌永禄元年二月には、義元に叛き信長に通じた寺部城主鈴木|重教を攻め、同じく四月には兵糧を大高城に入れた。
— 菊池寛 『桶狭間合戦』 青空文庫
丸根砦攻撃 松平元康 二千五百人鷲津砦攻撃 朝比奈|泰能 二千人援軍 三浦備後守 三千人清須方面前進 葛山信貞 五千人本軍 今川義元 五千人鳴海城守備 岡部三信 七八百人沓掛城守備 浅井政敏 千五百人 更に大高城の鵜殿長照をして丸根鷲津攻撃の応援をさせる。
— 菊池寛 『桶狭間合戦』 青空文庫
結末並に余説 この戦に於て、敗軍に属しながら、反って不思議に運を開いたのが松平元康、後の徳川家康である。
— 菊池寛 『桶狭間合戦』 青空文庫
『古今注』に〈漢の建平元年山陽白兎を得、目赤くして朱のごとし〉とあれば、越後兎など雪中白くなるを指したのでなく尋常の兎の白子を瑞としたのだ。
— 兎に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
が、唐織寄縞の帯を前でむすんだ所と云ひ、投島田に平元結をかけて対のさし櫛をした所と云ひ、素人とは思はれない位な、なまめかしさだ。
— 芥川龍之介 『世之助の話』 青空文庫
」(『後漢書』靈帝本紀)獻帝興平元年(一九四) 「是歳穀一斛五十萬。
— 桑原隲藏 『支那人間に於ける食人肉の風習』 青空文庫