田主
たあるじ
名詞
標準
文例 · 用例
或時氏郷邸で雁の汁の会食があって、前田肥前守、細川越中守、上田主水、戸田武蔵守など参会したことがあった。
— 幸田露伴 『蒲生氏郷』 青空文庫
「突然」1・16(夕) 大蔵大臣|勝田主計氏が曩に大臣に親任されて、螺旋仕掛の人形のやうな足取で、ひよこ/\宮中から退出して来ると、そこに待受けた新聞記者が一斉に、「おめでたう」と浴びせかけた。
— 大正六(一九一七)年 『茶話』 青空文庫
因にこの時の只圓翁の上京問題に就ては当時在京の内田寛氏(信也氏父君)、米田與七郎氏(米田主猟頭令兄)が蔭ながら非常な尽力をされたそうである。
— 夢野久作 『梅津只圓翁伝』 青空文庫
電光のたびにちらりと見える甚右衛門の影と、互いに前後に呼び合う声とを頼りに、八丁堀合点長屋を先刻出た藤吉勘次彦兵衛の三人は、風と雨と神鳴りとが三拍子揃って狂う丑満の夜陰を衝いて、いま大富町から本田主膳正御上屋敷の横を、媾曳橋へと急いでいる。
— 無明の夜 『釘抜藤吉捕物覚書』 青空文庫
」と前田主膳という武士が訊いた。
— 国枝史郎 『剣侠』 青空文庫
なおその以前に、郷里から出ている俊秀にして資力に乏しい生徒には、学費を給与さるるという事にもなっていたので、この給費生もやはり寄宿せしめらるる事になった最初の給費生中で後年成立た重もな人では、佃一予氏勝田主計氏正岡子規氏などである。
— 内藤鳴雪 『鳴雪自叙伝』 青空文庫
私の七十歳の年はこれだけで終って、いよいよ七十一歳となった頃、かつて寄宿舎に居た、勝田主計氏和田昌訓氏が発企して多くは旧寄宿生であった人々と、それに同郷の先輩数人を加えて、醵出された金を以て私の寿碑を郷地の道後の公園に建てらるる事になった。
— 内藤鳴雪 『鳴雪自叙伝』 青空文庫
この割烹店主はかつて寄宿舎の賄をしていた初見嘉四郎氏であったので、この人の発達といい、旧舎生中でも当時大蔵大臣の勝田主計氏なども出席せられたので、一座の親しみは勿論、私も非常に愉快であった。
— 内藤鳴雪 『鳴雪自叙伝』 青空文庫