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棄山

棄山
名詞
1
標準
文例 · 用例
棄山一、有名な昔話 都会で育った人たちは物わかりが早く、思いやりのある人が多いのだが、周囲がいそがしくて、ゆっくりと話をして聴かせる者がすくないので、なにも考えずに大きくなるというようなこともないとは言えない。
柳田国男 母の手毬歌 青空文庫
そういう中でもためになりまた楽しみになるものを、ついうっかりと聴き流してしまわぬように、わたしなどが若いころから聴きためて、だんだんと深い意味のわかってきたいろいろの昔話のなかで、親棄山というかわった話を一つして見よう。
柳田国男 母の手毬歌 青空文庫
棄山とはけしからぬ話、聴くも耳のけがれと思う人もあろうが、これはそういう驚くような話題をだして、まず聴く者の注意をひき寄せようとする手だてであって、じっさいは人に孝行をすすめる話なのである。
柳田国男 母の手毬歌 青空文庫
二、四通りの話しかた 話を親棄山ということは同じで、事がらのかなりはっきりとちがっているのが、私のしっているだけでも四種はある。
柳田国男 母の手毬歌 青空文庫
六、接穂と台木 少し長たらしかったが、これまでが親棄山の第二種の話であって、日本にも流行し、また少しずつの作りかえもあったとは言いながら、本来は支那または印度にはじまった昔話である。
柳田国男 母の手毬歌 青空文庫
棄山の昔話にも、そういう台木になるものが前々から、日本にはすでにあったのではなかろうか、わたしは今それを考えているのである。
柳田国男 母の手毬歌 青空文庫
そう思って気をつけていると、この二通りの話し方いがいに、日本にまたべつの親棄山があり、和歌で有名になっている信州|更級の姨捨山なども、その一つの残りの形であるような気がする。
柳田国男 母の手毬歌 青空文庫
前にあげておいた二通りの親棄山、すなわち孫の言葉と老人の智恵|才覚と、二つの外国できの昔話とちがっている点が、こちらの二つの話、すなわち姨捨山と親棄山とではたがいによく似ている。
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