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真福

しんぷく
名詞
1
標準
文例 · 用例
京橋下の一流は御濠の鍛冶橋南より比丘尼橋紺屋橋を経て来り、京橋の東炭谷橋白魚橋の下に出で、こゝにて南は真福寺橋下より来る一水と会し、北は兜橋より弾正橋下を経来れる一水と会し、桜橋東にてまた南より来る小渠と会し、遂に中の橋稲荷橋下を過ぎてこゝに来れるなり。
幸田露伴 水の東京 青空文庫
○三十間堀即ち真福寺橋の流れの続きにして、豊倉橋紀国橋豊玉橋朝日橋三原橋木挽橋出雲橋等の下を流るゝ一水は、前の一水と新橋の下、蓬莱橋の上にて丁字形をなして相会す。
幸田露伴 水の東京 青空文庫
東 律義者の子沢山西 綸言汗の如し 東は花柳に沈湎せざるもののおのづからにして真福多く天佑有るを云ひ、西は帝王の言の出でゝ反らざることを云へり。
幸田露伴 東西伊呂波短歌評釈 青空文庫
一里十二丁、三十一|文の駄賃でまっしぐらに宮へ――大洲観音の真福寺を、はるかに駕籠の中から拝みつつ。
こけ猿の巻 丹下左膳 青空文庫
桐油合羽でしっくり提灯を包んだ葬式彦兵衛、滝なす地流れを蹴立てつつ、甚右衛門の導くがままに真福寺橋を渡り切って大富町の通りへ出た。
無明の夜 釘抜藤吉捕物覚書 青空文庫
そこには金竜山浅草寺ならぬ北野山真福寺があつて、俗にこれを梅ぼしの観音といふ。
小酒井不木 名古屋スケツチ 青空文庫
説経師に対して「堂の後の方に、論義を出す音あり」智光「何許の寺なれば、我に対ひて論義をせむずるならむと疑ひ思ひて、見返りたるに、論義をなす様、真福田が修行に出でし日、葛袴我こそは縫ひしか。
後期王朝文学史 女房文学から隠者文学へ 青空文庫
百因縁集には「真福田丸が葛袴。
後期王朝文学史 女房文学から隠者文学へ 青空文庫