二強
にきょう
名詞
標準
top two
文例 · 用例
一八六四年にドイツ、オーストリアの二強国の圧迫するところとなり、その要求を拒みし結果、ついに開戦の不幸を見、デンマーク人は善く戦いましたが、しかし弱はもって強に勝つ能はず、デッペルの一戦に北軍敗れてふたたび起つ能わざるにいたりました。
— 信仰と樹木とをもって国を救いし話 『デンマルク国の話』 青空文庫
一八六四年にドイツ、オーストリアの二強国の圧迫するところとなり、その要求を拒みし結果、ついに開戦の不幸を見、デンマーク人は善く戦いましたが、しかし弱はもって強に勝つ能わず、デッペルの一戦に北軍敗れてふたたび起つ能わざるにいたりました。
— 内村鑑三 『デンマルク国の話 信仰と樹木とをもって国を救いし話』 青空文庫
すなわち谷中派の差し出した願書には二百人以上あるから、この人数は現在の彫刻師の人数の三分の二強であろうと掛かりの人は思っていたので許可したのでしょう。
— 彫工会の成り立ちについて 『幕末維新懐古談』 青空文庫
紀元節、建国祭、今日から国民総動員第二強調週間。
— 種田山頭火 『其中日記』 青空文庫
二十四日の朝、一里余にわたるあのトーチカの間を、孔を穿って敵の弾丸を避けながら遮二無二強行前進し、水濠の前で散開して決死の突撃に移る十分ほど前、水濠の岸に生えている枯れた野菊を写生したという関原準尉の行動が、自分がそこでそうしたように、しっかりした記憶の中から思い出されて来るのだった。
— 久生十蘭 『生霊』 青空文庫
かくて此の戦は伊、米の二強国も加はり華麗なる都は炎の苞にかはり修羅の大激戦は世界の天地を震駭して、之が結末は大正七年末独軍の屈服により終り、明けて大正八年六月廿八日フランスはベルサイユ宮殿に於て講和会議が開かれ、調印がすんだのは此の戦の起った「其の日」であった。
— 槇村浩 『世界大戦の後』 青空文庫
もし吾々が、疫病流行の直後の四年間の平均をとるとすれば、出生の死亡に対する比率は二二強対一〇となり、これは、死亡率を三六分の一と仮定すれば、二十一年にして人口を倍加せしめるであろう。
— AN ESSAY ON THE PRINCIPLE OF POPULATION 『人口論』 青空文庫
欧洲の恐怖であった二強国、支那とロシアは、両方とも八年以内(一八九四―一九〇二年)に、日本によってやっつけられ、艦隊は完全に滅され、償金が支那から現金で、ロシアからは樺太の南半で、取られた。
— 日本その日その日 『日本その日その日』 青空文庫
作例 · 標準
今年のリーグ戦は、二強のチームが優勝を争っている。
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この業界では、あの二社が長年二強として君臨している。
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大学入試では、二強の大学に人気が集中する傾向がある。
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