橋南
きょうなん
名詞
標準
文例 · 用例
横川は業平橋報恩寺橋長崎橋の下を経、総武鉄道汽車の発著所たる本所停車場の傍を過ぎ、北辻橋南にてかの隅田川と中川との連絡するところの竪川に会し、南辻橋菊川橋猿江橋の下を過ぎて小名木川に会し、扇橋その他の下を過ぎて十間川に会し、なほ南して木場に至る。
— 幸田露伴 『水の東京』 青空文庫
京橋下の一流は御濠の鍛冶橋南より比丘尼橋紺屋橋を経て来り、京橋の東炭谷橋白魚橋の下に出で、こゝにて南は真福寺橋下より来る一水と会し、北は兜橋より弾正橋下を経来れる一水と会し、桜橋東にてまた南より来る小渠と会し、遂に中の橋稲荷橋下を過ぎてこゝに来れるなり。
— 幸田露伴 『水の東京』 青空文庫
是に於て南軍は橋南に駐まり、北軍は橋北に駐まり、相持するもの数日、南軍|糧尽きて、蕪を採って食う。
— 幸田露伴 『運命』 青空文庫
丁日は呉服橋北町お番所の面々、半日は数寄屋橋南町お番所詰めの面々が、秋口のひと月間、一日おきにこのお馬場へやって来て、朝のうちの半刻ずつ馬術を練るならわしなのです。
— 死人ぶろ 『右門捕物帖』 青空文庫
四郎左衛門は土屋信雄と変名して、京都|粟田白川橋南に入る堤町の三宅典膳と云ふものゝ家に潜伏してゐた。
— 森鴎外 『津下四郎左衛門』 青空文庫
天明六年大坂西堀江隆平橋南の家に生る。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
行状に拠るに、大坂では「西堀江隆平橋南涯」に住んだ。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
霧渓は「西堀江隆平橋南涯」と記してゐるが、是は同一の家を指すものと見ることが出来よう。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫