髦
髦
名詞
標準
文例 · 用例
「迎春不必凋年感、且喜椒盤対俊髦。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
ことに弱冠前後の俊髦を携たるをや。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
当時は特に留意せなんだが、ほどなく老人死した後考うるに、駱和名川原毛黒い髦の白馬だというから、不毛に当らず。
— 馬に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
二十五年前には日本の島田や丸髷の目方が何十匁とか何百匁とかあって衛生上害があるという理由で束髪が行われ初め、前髪も鬢も髦も引詰めて小さく結んで南京玉の網を被せたのが一番のハイカラであった。
— 内田魯庵 『二十五年間の文人の社会的地位の進歩』 青空文庫
その時分、文壇の機運はいよいよ益々爛熟し、紅露は相対塁して互に覇を称し、鴎外は千朶山房に群賢を集めて獅子吼し、逍遥は門下の才俊を率いて早稲田に威武を張り、樗牛は新たに起って旗幟を振い、四方の英才|俊髦一時に崛起して雄を競うていた。
— 内田魯庵 『二葉亭四迷の一生』 青空文庫
彼女が米八の昔は、時の人からたった二人の俊髦として許された男――末松謙澄と光明寺三郎――いずれをとろうと思い迷ったほど、思上った気位で、引手あまたであった。
— 長谷川時雨 『明治美人伝』 青空文庫
晩年こそ謹厳いやしくもされなかった大御所古稀庵老人でさえ、ダンス熱に夢中になって、山県の槍踊りの名さえ残した時代、上流の俊髦前光卿は沐猴の冠したのは違う大宮人の、温雅優麗な貴公子を父として、昔ならば后がねともなり得る藤原氏の姫君に、歌人としての才能をもって生れてきた。
— 長谷川時雨 『柳原※子(白蓮)』 青空文庫
そもそも富士男君の寛仁大度、ゴルドン君の慎重熟慮、ドノバン君の勇邁不屈、その他諸君の沈毅にして明知なる、じつに前代未聞の俊髦であります。
— 佐藤紅緑 『少年連盟』 青空文庫