ライン同盟
ラインどうめい
名詞
標準
Confederation of the Rhine (1806-1813)
文例 · 用例
ナポレオンの独裁がはじまった時、ライン十六州は、ライン同盟を結んでナポレオンを保護者とし、その約束によって商工業の自由も守られ、ドイツの反動政策の圧迫にかかわらず、進歩的な自由思想が充ちていた。
— 宮本百合子 『カール・マルクスとその夫人』 青空文庫
なおその上に、彼はフランス本国から二十万人を、ライン同盟国から十四万七千人、伊太利から八万人を、波蘭とプロシャとオーストリアから十一万人、これに仏領各地から出さしめた軍隊を合せて七十万人に、加うるに予備隊を合して総数百十万余人の軍勢をドレスデンへ集中させた。
— 横光利一 『ナポレオンと田虫』 青空文庫
作例 · 標準
ナポレオンは、ヨーロッパ大陸を支配するためライン同盟を組織した。
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ライン同盟の成立は、神聖ローマ帝国の終焉を決定づける出来事だった。
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歴史の授業で、ライン同盟がどのようにして消滅したかを学んだ。
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ウィキペディア
ライン同盟 は、19世紀のドイツにおいて、フランス皇帝ナポレオン1世の圧力により成立した国家連合である。ナポレオンは神聖ローマ帝国からオーストリア帝国やプロイセン王国を排除し、残された全てのドイツ諸国をライン同盟として再編した。1813年に起きたライプツィヒの戦いでのナポレオンの敗退とともに解体した。ライン連邦、ライン連盟とも訳される。
出典: ライン同盟 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0