宝応
ほうおう
名詞
標準
文例 · 用例
唐の宝応年中、李の家で親友を大勢よびあつめて、広間で飯を食うことになった。
— 宣室志(唐) 『中国怪奇小説集』 青空文庫
やがて宝応元年になった。
— 国枝史郎 『岷山の隠士』 青空文庫
『經行記』の作者の杜環の如きも、この時捕虜となつた一人で、彼は約十年間大食國に拘留せられ、代宗の寶應元年(西暦七六二)に南海を經て、廣東に歸着いたし、その見聞に本づきて『經行記』を作つた(16)。
— 桑原隲藏 『紙の歴史』 青空文庫
『須彌經』(『廣弘明集』卷十二に引く所による)には、寶應聲菩薩化爲伏羲。
— 桑原隲藏 『老子化胡經』 青空文庫
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宝応(ほうおう)は、唐の粛宗と代宗の治世に使用された元号。762年4月 - 763年6月。
出典: 宝応 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0