従二位
じゅにい
名詞
標準
文例 · 用例
廿一日、癸巳、陰、京都の使者、去る十日の除目の聞書を持参す、将軍家従二位に叙せられ給ふ。
— 太宰治 『右大臣実朝』 青空文庫
廿六日、乙丑、晴、京都の使者参ず、去る十三日、禅定三品政子従二位に叙せしめ給ふと云々。
— 太宰治 『右大臣実朝』 青空文庫
定基は大江|斉光の子で、斉光は参議|左大弁正三位までに至った人で、贈従二位大江|維時の子であった。
— 幸田露伴 『連環記』 青空文庫
しかし、これは亡き水戸の御隠居を師父と仰ぐ人たちが、従二位大納言の旗を押し立て、その遺志を奉じて動く意味のものであったことを忘れてはならない。
— 第一部下 『夜明け前』 青空文庫
たとい御隠居はそこにいないまでも、一行が「従二位大納言」の大旗を奉じながら動いて行くところは、生きてる人を護るとほとんど変わりがなかったからで。
— 第一部下 『夜明け前』 青空文庫
従二位勲一等伯爵という、顕爵さえも授けられた。
— 国枝史郎 『開運の鼓』 青空文庫
二十三で権中納言、二十七で従二位中宮太夫となった道長は、三十歳の長徳元年、左近衛の大将を兼ねるようになったが、その前後に、大臣公卿が夥しく没した。
— 宮本百合子 『余録(一九二四年より)』 青空文庫
かかる間に実隆は明応の二年に従二位に叙せられ、それからして九年を経て文亀二年に正二位に叙せられた。
— 原勝郎 『東山時代における一縉紳の生活』 青空文庫
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従二位(じゅにい)は、日本の位階及び神階における位の一つ。正二位の下、正三位の上に位する。
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