金吾
きんご
名詞
標準
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文例 · 用例
更に左に折れて小高い丘にのぼると、高さ五尺にあまる楕円形の大石に征夷大将軍|左金吾頼家尊霊と刻み、煤びた堂の軒には笹竜胆の紋を打った古い幕が張ってある。
— 岡本綺堂 『秋の修善寺』 青空文庫
廿九日、丁卯、兵衛尉清綱、昨日京都より下著し、今日御所に参る、是随分の有職なり、仍つて将軍家御対面有り、清綱相伝の物と称して、古今和歌集一部を進ぜしむ、左金吾基俊書かしむるの由之を申す、先達の筆跡なり、已に末代の重宝と謂ひつ可し、殊に御感有り、又当時洛中の事を尋ね問はしめ給ふ。
— 太宰治 『右大臣実朝』 青空文庫
十五日、甲子、晴、金吾将軍の若君、定暁僧都の室に於て落餝し給ふ、法名公暁。
— 太宰治 『右大臣実朝』 青空文庫
左金吾禅室さまは、修善寺に於いて鬱々の日々をお送りになり、つひに翌年の元久元年七月十八日に御年二十三歳でおなくなりになられました。
— 太宰治 『右大臣実朝』 青空文庫
廿五日、乙酉、晴、六波羅の飛脚到著して申して云ふ、和田左衛門尉義盛、大学助義清等の余類洛陽に住し、故金吾将軍家の御息を以て大将軍と為し、叛逆を巧むの由、其聞有るに依りて、去る十三日、前大膳大夫の在京の家人等、件の旅亭を襲ふの処、禅師忽ち自殺す、伴党又逃亡すと云々。
— 太宰治 『右大臣実朝』 青空文庫
関ヶ原の戦に金吾中納言の裏切を大谷|刑部が必ず然様と悟ったのも其の為である。
— 幸田露伴 『蒲生氏郷』 青空文庫
) 登場人物面作師 夜叉王夜叉王の娘 かつら同 かへでかへでの婿 春彦源左金吾頼家下田五郎|景安金窪兵衞尉行親修禪寺の僧行親の家來など (一)伊豆の國|狩野の庄、修禪寺村(今の修善寺)桂川のほとり、夜叉王の住家。
— 岡本綺堂 『修禪寺物語』 青空文庫
月の暗きを幸ひに打物とつて庭におり立ち、左金吾頼家これにありと、呼はり呼はり走せ出づれば、むらがる敵は夜目遠目に、まことの上樣ぞと心得て、うち洩さじと追つかくる。
— 岡本綺堂 『修禪寺物語』 青空文庫
ウィキペディア曖昧さ回避
金吾(きんご) 日本における衛門府の唐名。「執金吾」の略。 四条頼基の通称(左衛門尉のため)。 小早川秀秋の通称(左衛門督のため)。金吾中納言。 上の官職名に由来する日本の男性名(百官名)。 辰野金吾 - 建築家。 宮部金吾 - 植物学者。北海道札幌市名誉市民。 など 李氏朝鮮における義禁府の別称。
関連項目
出典: 金吾 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0