鴻儒
こうじゅ
名詞
標準
文例 · 用例
それゆゑ碩学鴻儒の故居には往々|銅※を嵌してこれを標する。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
此厄は世々の貴人大官|碩學鴻儒及至諸藝術の聞人と雖免れぬのである。
— 森鴎外 『壽阿彌の手紙』 青空文庫
幕府の時代にありて早くすでに蘭学を修め、一転して英に入り仏に入る者は、実に新思想の播布にあずかりたるや多し、しかれども充分に政理を講明して吾人のために燈光を立てたる者は寥々たり、けだし中興以来の政府は碩学鴻儒を羅し去りてこれを官海に収め、かれらの新政理を民間に弘むることを忌む。
— 陸羯南 『近時政論考』 青空文庫
忽然うまれ出た天禀星 首を狙われているとも知らず、一世の鴻儒西川正休、じっと夜空を見上げている。
— 国枝史郎 『任侠二刀流』 青空文庫
漢籍においても相当の薀蓄はあったので、その師は今いちいちこれを尋ぬるに由がないけれど、菅大納言益長の文明六年十二月に逝去せるを悲しみて、「譜代の鴻儒当時の碩才なり」と称え、かつその孫和長とは特別に懇意にしておったのを見ると、年輩から推して益長などにも教えを受けたのかと思われる。
— 原勝郎 『東山時代における一縉紳の生活』 青空文庫
清末の鴻儒兪曲園が日本人の詩賦を選評した『東瀛詩選』にも、この事を賛して「東国人詩集毎集必有数序。
— 永井荷風 『下谷叢話』 青空文庫
六月末の雨の日で、静かにこの鴻儒の話をきくのにふさわしい午後であった。
— 中谷宇吉郎 『露伴先生と科学』 青空文庫
○余先年俗にいふ大和めぐりしたるをり、半月あまり京にあそび、旧友の画家|春琴子に就て諸名家をたづねし時、鴻儒の聞高き頼先生名襄、字子成、山陽と号、通称頼徳太郎へも訪ひ、坐談化石の事におよび、先生|余に蟹の化石一枚を恵。
— 鈴木牧之編撰 『北越雪譜』 青空文庫