東朝
とうちょう
名詞
標準
文例 · 用例
十三 第二期の失意煩悶朝日社内における葛藤不平・国際的危機・『平凡』前後・実際的抱負 が、それにもかかわらず、世間は盛んに嘖々して歓迎し、『東朝』編輯局は主筆から給仕に到るまでが挙って感歎した。
— 内田魯庵 『二葉亭四迷の一生』 青空文庫
いま東朝館といっているのが旧の金沢亭で、青年時代私はよくここへ出かけた、志賀にいわせると、岸田の知識は金沢亭がもとだそうである。
— 岸田劉生 『新古細句銀座通』 青空文庫
日本でもラジオは文学に反映しているが、最近東朝が紙面の品位を害するという理由で掲載を打ちきったとつたえられる永井荷風氏の「※東綺譚」は、恐らく今日の世界の文学に類のないラジオと一人の人間との関係を発端としていると思う。
— 宮本百合子 『「ラジオ黄金時代」の底潮』 青空文庫
×作家が東朝の五十年記念一万円の懸賞に当選しました。
— 一九四〇年(昭和十五年) 『獄中への手紙』 青空文庫
ところが、それから幾何も経たないつい先頃、中野重治と戸坂潤の評論を反駁した文章(東朝)では、この二人の評論家が民族的自覚をもっていぬと云って攻撃している。
— ――横光氏の「厨房日記」について―― 『「迷いの末は」』 青空文庫
厨川白村氏の「近代の恋愛観」が廿回ばかりつづいて、やはり『東朝』に出ていた時分だったので、白村氏は「鉄箒氏」に答えて、――今日の見合いの方法に、改良を加え青年男女に正当な接触を与えるのが、今日の社会のために望ましい事である。
— 長谷川時雨 『柳原※子(白蓮)』 青空文庫
私はかつて斎藤※氏のスピノザ全集訳に対する或る精鋭な(但し当時殆んど無名な)古典学者の非難(『思想』にのった)に就いて、『東朝』紙上でこういう意味のことを書いたことがある(次項を見よ)。
— 戸坂潤 『読書法』 青空文庫
この実状に鑑み、中央党部が一日も早く自発的に上海市党部の撤収を断行することを期待する」と(一九三五年七月九日『東朝』紙)。
— 戸坂潤 『世界の一環としての日本』 青空文庫