行住坐臥
ぎょうじゅうざが
名詞副詞
標準
daily life
文例 · 用例
――行住坐臥、いつでも、どこでもすなほに。
— 種田山頭火 『其中日記』 青空文庫
私は昼も夜もしよつちゆう俳句を考へてゐる、夢中句作することもある、俳人といふ以上は行住坐臥一切が俳句であるほど徹底した方がよいと思ふ。
— 種田山頭火 『一草庵日記』 青空文庫
伯父の死後一年程後のことだつたさうであるが、念仏気狂ひだとかで、行住坐臥、何を見ても何を聞いても、すぐ南無阿弥陀仏を唱へた人だつた。
— 加能作次郎 『乳の匂ひ』 青空文庫
それが側で見ていても、余り歯痒い気がするので、時には私も横合いから、『それは何でも君のように、隅から隅まで自分の心もちを点検してかかると云う事になると、行住坐臥さえ容易には出来はしない。
— 芥川龍之介 『開化の良人』 青空文庫
それが唯、意識せられざる満足として、彼の活動の背景に暖い心もちをひろげてゐた中は、元より彼も行住坐臥に、何等のこだはりを感じなかつたらしい。
— 芥川龍之介 『枯野抄』 青空文庫
私の講演を行住坐臥共に覚えていらっしゃいと言っても、心理作用に反した注文なら誰も承知する者はありません。
— ――明治四十四年八月和歌山において述―― 『現代日本の開化』 青空文庫
彼はあわただしい法戦の間に、昼夜唱題し得る閑暇を得たことを喜び、行住坐臥に法華経をよみ行ずること、人生の至悦であると帰依者天津ノ城主工藤吉隆に書いている。
— ――予言僧日蓮―― 『学生と先哲』 青空文庫
そこで善導の釈義を辿って遂に、一心専念弥陀名号 行住坐臥不問時節 久近念念不捨者 是名正定之業順彼仏願故 という文につき当って末世の凡夫は弥陀の名号を称することによって、阿弥陀仏の願いに乗じて確かに往生を得るのだという確信に至り着いた。
— 中里介山 『法然行伝』 青空文庫