荘王
そうおう
名詞
標準
文例 · 用例
荘王は巫臣の諫を容れて何事も無く済んだが、巫臣が不祥の女だと云った如く、到るところに不幸を播いた女であった。
— 幸田露伴 『連環記』 青空文庫
項羽も始皇帝も楚の荘王もみな同じ人間になってしまう。
— 中島敦 『李陵』 青空文庫
陳の霊公が弑せられたと聞くや、楚の荘王は直ちに軍を率いて、陳の都に入った。
— 中島敦 『妖氛録』 青空文庫
荘王は、凱旋の時に夏姫を連れ帰った。
— 中島敦 『妖氛録』 青空文庫
)荘王は好色家であるよりも、野心的な政治家だったので、直ぐに巫臣の諫めを容れた。
— 中島敦 『妖氛録』 青空文庫
先に、荘王と子反とを諫めた申公巫臣が、漸く夏姫に近づいて来た。
— 中島敦 『妖氛録』 青空文庫
事の真偽に些か疑を抱いた荘王は、巫臣を召して、その意見を徴した。
— 中島敦 『妖氛録』 青空文庫
楚の荘王が死んで、共王の代となった。
— 中島敦 『妖氛録』 青空文庫
ウィキペディア曖昧さ回避
荘王(そうおう)は、古代中国で王に対して贈られた諡号の一つ。 荘王 (周) - 周(東周)の第15代の王。 荘王 (楚) - 春秋時代の楚の第6代の王。春秋五覇の一人に数えられる。
関連項目
出典: 荘王 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0