朽木
きゅうぼく
名詞
標準
文例 · 用例
嘉門次が一行の案内を務めるのは、言うまでもない、雨でグッショリ濡れた青草や、仆れている朽木からは、人の嗅覚をそそるような古い匂いがして、噎びそうだ、足が早いので、一丁も先になった嘉門次は、私を振り返って「他所の人足は使いづらくて困る」とブツブツ言いながら、赤石の河原に出た。
— 小島烏水 『槍ヶ岳第三回登山』 青空文庫
次第に喬木の森林に入った、白く光る朽木は、悪草の臭いや、饐えたような地衣の匂いの中に立ち腐れになっている、うっかり手が触れると、海鼠の肌のような滑らかで、悚然とさせる、毒蚋が、人々の肩から上を、空気のように離れずにめぐっている、誰も螫されない人はない、大樺池を直ぐ眼の下に見て、ひた下りに下る。
— 小島烏水 『白峰山脈縦断記』 青空文庫
」 二十六「奴は勝ほこった体で、毛筋も動かぬその硝子面を、穴蔵の底に光る朽木のように、仇艶を放って※しながら、(な、けれども、殿、殿たちは上※を庇わしゃろうで、懇申した効に、たってとはよう言わぬ。
— 泉鏡花 『吉原新話』 青空文庫
丁度私の居た汀に、朽木のやうに成つて、沼に沈んで、裂目に燕子花の影が映し、破れた底を中空の雲の往來する小舟の形が見えました。
— 泉鏡太郎 『人魚の祠』 青空文庫
もろいの、何の、ぼろぼろと朽木のようにその満月が崩れると、葉末の露と一つになって、棟の勾配を辷り落ちて、消えたは可いが、ぽたりぽたり雫がし出した。
— 泉鏡花 『草迷宮』 青空文庫
「まだ足りないで、燈を――燈を、と細い声して言うと、土からも湧けば、大木の幹にも伝わる、土蜘蛛だ、朽木だ、山蛭だ、俺が実家は祭礼の蒼い万燈、紫色の揃いの提灯、さいかち茨の赤い山車だ。
— 泉鏡花 『茸の舞姫』 青空文庫
友は心強にして、小夜の螢の光明るく、梅の切株に滑かなる青苔の露を照して、衝と消えて、背戸の藪にさら/\とものの歩行く氣勢するをも恐れねど、我は彼の雨の夜を惱みし時、朽木の燃ゆる、はた板戸洩る遠灯、畦行く小提灯の影一つ認めざりしこそ幸なりけれ。
— 泉鏡花 『森の紫陽花』 青空文庫
……供揃へ三十 いや、其の息の臭い事……剰へ、立つでもなく坐るでもなく、中腰に蹲んだ山男の膝が折れかゝつた朽木同然、節くれ立つてギクリと曲り、腕組をした肱ばかりが胸に附着き、布子の袖の元へ窄つて両方へ刎ねた処が、宛然の翼。
— 泉鏡太郎 『神鑿』 青空文庫