女の園
おんなのその
表現名詞
標準
woman's world
文例 · 用例
だが桑原家の主人は、そんな理由もなかつた長男を浦賀町の漁家へ、次男を風祭村の農家へ養子として片づけ、三女の園に自分の弟の息子を迎へて家系を継がせる筈だつた。
— 牧野信一 『淡雪』 青空文庫
しかし私は只今家政整理中ゆえ、それが終り次第上京するからと返事しておいたが、翌二十六年一月に長女の園子が東京で病死したので急遽上京し、そのついでに大学に聴き合せたところ君の位置はそのままあけてあるからいつでも入れというので、私ははじめて大学の助手を拝命、月給十五円の俸給生活者になった訳です。
— 牧野富太郎 『植物記』 青空文庫
しかし私は只今家政整理中ゆえ、それが終り次第上京するからと返事しておいたが、翌二十六年一月に長女の園子が東京で病死したので急遽上京し、そのついでに大学に聴き合せたところ君の位置はそのままあけてあるから何時でも入れというので、私ははじめて大学の助手を拝命、月給十五円の俸給生活者になった訳です。
— 第一部 牧野富太郎自叙伝 『牧野富太郎自叙伝』 青空文庫
琴二郎と二人きりの家で、今ごろ湯にはいって、しかもああおとなしく湯の音を立てているのは、女の園絵にきまっている――お絃|姐御、一計を思いついて、ポンと右近の肩を叩いた。
— 新版大岡政談 『魔像』 青空文庫
ウィキペディア
『女の園』(おんなのその)は、1954年3月16日に公開された日本映画。製作・配給は松竹で、監督は木下惠介。田村高廣はこの作品で俳優デビューした。
出典: 女の園 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0