西上
せいじょう
名詞
標準
文例 · 用例
尋で使を肥前名護屋に遣はし、秀吉の陣を犒ひ、三年正月には従四位下右京大夫となり、慶長五年関ヶ原の役には、兵を出して徳川家康の軍に従ひ、西上して大垣に戦ひ、上野国大館二千石を加増す。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
」 だが、その時、銃を取った大西上等兵と浜田一等兵は、安全装置を戻すと、直ちに、×××××××××をねらって引鉄を引いた。
— 黒島傳治 『前哨』 青空文庫
」 柏軒が将軍徳川家茂に扈随して江戸を発し、東海道を西上したのは二月十三日であつた。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
癸亥の年に西上した時には、柏軒は駅に神社あるに逢へば必ず幣を献り、神職に金を贈つた。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
とにかく、この様な苦闘を経て、漸く勢を四方に張ろうとして来た信長と、駿遠参三ヶ国を擁して、西上の機を窺って居た今川義元とが、衝突するに至るのは、それこそ歴史上の必然であったわけだ。
— 菊池寛 『桶狭間合戦』 青空文庫
こうして西上の志あった者に、武田信玄があり上杉謙信があった。
— 菊池寛 『桶狭間合戦』 青空文庫
今川義元も亦、三大国を擁して西上の志なかるべからんやである。
— 菊池寛 『桶狭間合戦』 青空文庫
さて、いよいよ西上の段取であるが、三河の西辺の諸豪族、特に尾張の信長を破らなければ、京に至る事は出来ない。
— 菊池寛 『桶狭間合戦』 青空文庫