野狐禅
やこぜん
名詞
標準
self-styled Zen philosophy
文例 · 用例
大概の野狐禅では傍へ寄り付けません。
— 岡本かの子 『鯉魚』 青空文庫
よく「無弦の琴」とか、「無声の韻」とかいう言葉がありますが、これはその心境を解したもの同志の間で言うことであって、これを生のまま人に理解を押し付けるといわゆる「野狐禅」とか「生悟り」とかいうものになりまして、却って仏教が世間から誹を招く基になるのであります。
— 岡本かの子 『仏教人生読本』 青空文庫
――日本のはそうでなく、根本的に詩そのもの、ヒューマニチイそのものを紛失させて、俗物的に納ったり、野狐禅的に悟り顔をすることで、自ら得意としているのだからたまらない、畢竟彼等は、自然主義の精神を履きちがえているのである。
— 萩原朔太郎 『詩の原理』 青空文庫
一度ありたりとて自ら已に大悟徹底したるが如く思はば、野狐禅に堕ちて五百生の間|輪廻を免れざるべし。
— 正岡子規 『俳諧大要』 青空文庫
けれども真実の禅ではなく、野狐禅でもありましたろうか。
— 淡島寒月 『我が宗教観』 青空文庫
とにかく第一番目の容疑者としてこの事件を色彩づけている土居三津子の登場は、検事と帆村の野狐禅問答にすっかり気色を悪くしていた係官たちを救った。
— 海野十三 『地獄の使者』 青空文庫
「花も紅葉もなかりけり」の定家の自讃歌も「浦の苫屋」又は「秋の夕ぐれ」の語の持つ歌枕式の、知識感銘を忘却した後世では、どう心持ちを調節しても、野狐禅衆の幻としか見えない。
— 後期王朝文学史 『女房文学から隠者文学へ』 青空文庫
彼は独断と誇張と飛躍とをはばからず、独りよがりや野狐禅的口吻と受けとられがちなものをも挙揚する。
— 訳者の言葉 『森の生活――ウォールデン――』 青空文庫
作例 · 標準
彼は少し本を読んだだけで悟った気になっているが、それは野狐禅に過ぎない。
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野狐禅に陥らないためには、信頼できる師匠のもとで正しく修行を積むべきだ。
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独自の解釈を並び立てる彼の禅問答は、専門家から見れば野狐禅そのものだった。
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ウィキペディア
野狐禅(やこぜん)とは、禅宗において、禅に似て非なる邪禅のこと。「無門関」第2則の「百丈野狐」に出る語である。野狐(やこ)とは低級な妖狐の1つ。野狐精(やこぜい)、野狐身(やこしん)、また生禅(なまぜん)ともいう。
出典: 野狐禅 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0