正五位
しょうごい
名詞
標準
文例 · 用例
これは少し言過ぎるかも知らぬが、定基の兄の為基、これは系図には、歌人とあり、文章博士、正五位下、摂津守とある。
— 幸田露伴 『連環記』 青空文庫
又医書一巻元亀の古鈔本にて末云「耆婆宮内大輔施薬大医正五位上国撰」とあり。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
翌日彼は正五位監事に補せられ月俸百円を給せられた。
— 本庄陸男 『石狩川』 青空文庫
正五位飯田軍造、天狗軍中強豪を以て聞えた木戸の軍造も、下妻の町外れで死骸を張付にかけられ、馬骨とおなじ穴に埋められてゐる。
— 横瀬夜雨 『天狗塚』 青空文庫
公延という二度目の名は文明元年すなわち彼の十五歳になるまで続いたが、元服と同時に官は右近衛権少将に進み、名は実隆と改まり、いくばくもなくして正五位下に叙せられ、翌年従四位下となった。
— 原勝郎 『東山時代における一縉紳の生活』 青空文庫
この間に公条の方は次第に昇進し、明応二年には美作権介を兼ね、三年には従五位上、六年には十一歳で元服、右近衛権少将に任ぜられ、七年の十二月ちょうど兄の得度する少し前に正五位下に叙せられた。
— 原勝郎 『東山時代における一縉紳の生活』 青空文庫
さて此書の編纂は何時であるかと云ふに、頭銜に正五位下行陸奧守兼上野權介とあるから、前に擧げた官歴から推すと、此書の寛平三年以後に成つた事が分る。
— 狩野直喜 『日本國見在書目録に就いて』 青空文庫
明治三十三年万国博覧会の巴里に開設せられし時、駐仏公使|曾根荒助に推挙せられ博覧会事務長官に任ぜられ日本出品事務所所長となり斡旋の功によりて正五位勲四等に叙せられたり。
— 永井荷風 『江戸芸術論』 青空文庫