後内
こうない
名詞
標準
文例 · 用例
と云うのは、引揚げ後内火艇に繋がれて航行の途中、今度は宗谷海峡で、引網の切断が因から沈没してしまったのです。
— 小栗虫太郎 『潜航艇「鷹の城」』 青空文庫
これより後内神田の市野屋と、外神田の市野屋とが対立していて、彼は世三右衛門を称し、此は世市三郎を称した。
— 森鴎外 『渋江抽斎』 青空文庫
一方信玄の旗本は、剛勇の山県昌景が先鋒となり、十日|寅の刻(午前四時)に海津城を出で、広瀬に於て千曲川を渡り、山県は神明附近に西面して陣し、左水沢には武田信繁その左には穴山伊豆が陣取り、又右には両角豊後内藤修理が田中附近に陣した。
— 菊池寛 『川中島合戦』 青空文庫
後内務省も亦特に社會主義者取締に關して地方長官に訓令し、文部省は更に全國各直轄學校長及び各地方長官に對し、全國各種學校教職員若しくは學生、生徒にして社會主義の名を口にする者は、直ちに解職又は放校の處分を爲すべき旨内訓を發したりと聞く。
— 石川啄木 『日本無政府主義者陰謀事件經過及び附帶現象』 青空文庫
綱曳にて駈着けし紳士は姑く休息の後内儀に導かれて入来りつ。
— 尾崎紅葉 『金色夜叉』 青空文庫
『近江輿地誌略』に、ある説に鐺は、蒲生忠知の室は内藤帯刀女なり、故に蒲生家断絶後内藤家に伝う、太刀は佐野の余流赤堀家に伝う(蒲生佐野ともに秀郷の後胤だ)。
— 田原藤太竜宮入りの話 『十二支考』 青空文庫
が午後内田がやつて来て、帳場で相談でもして来たか険しい顔して座るなり、「今度はたゞでは延ばすまいから君の持つてるものを質入れして幾らかでも入れることにするから、君の持つてるものを出せ」と云ひ出した。
— 葛西善蔵 『浮浪』 青空文庫
終戦後内地に引揚げてからも高い闇酒を一日も欠かしたことがなく、それにはさん/″\悩まされたといふのである。
— 宮地嘉六 『老残』 青空文庫