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水戸学

みとがく
名詞
1
標準
文例 · 用例
* 義公以来連綿として続いた水戸の藩学は、会沢伯民、藤田東湖の二|碩学の出現により、鬱然たる体系をなし、後世、水戸学と称されて、尊皇論の中核となつてゐる。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
水戸学の定義を強ひて定めるなら、それは大義名分の学であり、皇道第一主義の思想である。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
井伊|直弼が安政の大獄で狂気じみたテロリズムを行つたのも、この勤皇思想の中核水戸学の総主たる斉昭を押へる為めだつたのだ。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
水戸学の基礎を大体築いたのは藤田|幽谷だが、これを体系ある思想として完成したのは、その高弟である会沢伯民と、その子である藤田東湖である。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
東湖その他の水戸学者の稜々たる野性ぶりとは違つて、温厚篤実、心の底からの学者肌の人であつた。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
東湖は、天下の諸侯有司志士と交はつて、積極的に水戸学を鼓吹した。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
之を要するに、水戸学は、会沢伯民、藤田東湖に至つて大成し、しかも、これに配するに烈公斉昭といふ当時の諸侯中の冠冕を得て、一藩をあげて、鬱然たる反幕府の一大中心となつてゐたのである。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
慶喜は烈公斉昭の子で、水戸学の精神で、幼時から育て上げられてきた人だ。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫