講武所
こうぶしょ
名詞
標準
文例 · 用例
十七代連綿として相つづき、その最後の第十七代|松平上野介忠敏こそは、幕末剣客中の尤物で、神田講武所の師範代を長らく勤め、かの清川八郎なぞと共に、新徴組を組織して、その副隊長に擬せられた一代の風雲児です。
— 三河に現れた退屈男 『旗本退屈男 第五話』 青空文庫
しかしその頃の講武所芸者は、随分変な書生を相手にし附けていたのだから、格別驚きもしない。
— 森鴎外 『ヰタ・セクスアリス』 青空文庫
今年に入ってから、幕府は講武所を設立することを令した。
— 森鴎外 『渋江抽斎』 青空文庫
しかし正弘が既に講武所に於て洋式操兵の術を伝習せしめ、又人を海外に派遣して視察せしむることを議しながら、独り西洋の医方を排したのは何故であらうか。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
多分買物にでも出たのだろう、雀斑芸者は講武所の横町へ姿を隠してしまった。
— 森鴎外 『雁』 青空文庫
講武所ふうの髷に結って、黒|木綿の紋付、小倉の馬乗り袴、朱鞘の大小の長いのをぶっ込んで、朴歯の高い下駄をがらつかせた若侍が、大手を振ってはいって来た。
— 岡本綺堂 『綺堂むかし語り』 青空文庫
三崎町一、二丁目は早く開けていたが、三丁目は旧幕府の講武所、大名屋敷、旗本屋敷の跡で、明治の初年から陸軍の練兵場となっていた。
— 岡本綺堂 『綺堂むかし語り』 青空文庫
講武所風の髷に結って、黒木綿の紋附、小倉の馬乗袴、朱鞘の大小の長いのをぶっ込んで、朴歯の高い下駄をがら付かせた若侍が、大手を振って這入って来た。
— 岡本綺堂 『二階から』 青空文庫
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講武所(こうぶしょ)は、幕末に江戸幕府が設置した武芸訓練機関である。諸役人、旗本・御家人、およびその子弟が対象で、剣術をはじめ、洋式調練・砲術などを教授した。はじめ江戸の築地鉄砲洲に置かれ講武場として発足、のちに神田小川町に移転する。
出典: 講武所 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0