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三十

さんじゅう
名詞
1
標準
文例 · 用例
糟谷は三十になったばかり、若手の高等官として、周囲から多大の希望を寄せられていた。
伊藤左千夫 老獣医 青空文庫
〔『馬酔木』明治三十六年十一月十三日〕 明治三十五年七月初旬の頃である、看護当番として午後二時少し過たと思う時分に予は根岸庵に参った、今日はどんな様子か知らんと思う念が胸に満ているから、まず母堂や律様の挨拶振りでも、その日の先生の様子が良かったか悪かったかということがすぐに知れる。
伊藤左千夫 竹乃里人 青空文庫
〔『馬酔木』明治三十七年五月五日〕「病牀六尺」六月二日余は今まで禅宗のいわゆる悟りということを誤解して居た。
伊藤左千夫 竹乃里人 青空文庫
〔『馬酔木』明治三十七年八月二十五日〕
伊藤左千夫 竹乃里人 青空文庫
節が始めて先生に逢うたのは明治三十二年の初夏、根岸庵の杉屏の若芽がふいた頃である。
伊藤左千夫 正岡子規君 青空文庫
もっともおかしかったのは、つい逝去以前三十日ばかりのこと、長塚からツク芋を贈ってきた、それに大和芋とさも珍しそうに書いてあったので、先生は驚いた様子で長塚もこれほど児供では仕方がない、ツク芋も知らない様ではというので大いに心配した。
伊藤左千夫 正岡子規君 青空文庫
明治三十八年十二月六日夜十二時|記〔『馬酔木』明治三十九年一月一日〕
正岡先生論 絶対的人格 青空文庫
不知八幡森も予は幾度か見て居るが、つれの人は始めてであるから、一寸立寄ったけれど、もう暗くなって石牌の文字も判らない、森というは名|許で今は全く竹藪に変っている、竹藪の中は闇々として暗いばかり空は青ぎるばかりに澄んで、そよとも動かぬ大竹藪の上には二三十の星が冷に光って居た。
伊藤左千夫 八幡の森 青空文庫